ソバを知り、ソバを生かす


ソバの食べ歩き、手打ち技術、うんちくなどについての本は無数にある。
だが、有用植物としてのソバについては今までほとんど見かけない。そのソバを知るために最適な一般向けの本が、待望の専門家の手で書かれた。それが、ソバを知り、ソバを生かすである。

ソバは漢字で蕎麦と書くが、麦などの禾本科植物ではなく、タデの仲間。
五穀の粟・黍・米・稗・麦には含まれない。
だから仏教の千日回峰行で五穀絶ちが条件の荒行をする僧侶は蕎麦粉を持参し、修行中に蕎麦がきにして摂取する。これだけでほぼ必要なカロリーを補えるというのだから驚くべき作物だと言っていい。

人類は長い歴史の中でこの植物を改良し、より役立つ品種をつくり出してきたが、蕎麦はそう簡単に人間の都合に合わせてくれない野生を残す植物である。
米や麦などは、自家受粉といって、同じ花の雄しべと雌しべげ結実する。
これに対し蕎麦は、異なる花の雄しべの花粉が付かないと結実しない他家受粉だ。
当然、世界中の学者が自家受粉の蕎麦をつくろうと試み、長い試行錯誤の結果、やっと最近それが実現しかかっている、という本も出てくる。

著者は、辺境・荒野の作物である蕎麦を求めてヒマラヤ山麓などのアジア大陸を歩き回り、各地の蕎麦の種を採集して新品種の研究を続ける。その傍ら、蕎麦による村おこしや知育づくりに積極的に関わる。その足跡は現在の著者の地元である長野県の戸隠村をはじめ、飯田市から富山県利賀村福島県山都町広島県豊平町、北海道幌加内町など、山間へき地を問わず全国に及ぶ。

国境を越え、大学を退官した今もなお世界のどこにでも足を運ぶ実践的ソバ学者の知られざる軌跡が、本書の魅力でもある。